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ミン博士のやり方がなぜおもしろいか

大野健一、政策研究大学院大学教授

私がグェン・ダン・ミン博士に初めて会ったのは、2008年11月に京都で開催された日越学生コンファレンスの会場だった。そのとき彼は、生産現場の効率化理論について研究発表をしていた。ミン氏は日本で自動車修理技術を学び、東大修士、名大博士を取得したあと、トヨタ本社の生産技術本部に7年勤務した経験がある。その後ベトナムに帰国し、ハノイで教鞭をとるかたわら、2015年にGKM Finest Institute社を立ち上げた。経歴はエリートだが、人なつこい、にくめない性格の彼である。

ミン氏の持論は、ものづくりの核心はTam The(タムテー、マインドセットと訳しておく)にあり、正しい心の持ち方がないところに技術やカイゼンの個別ツールを導入しても持続しないというものである。これは企業のみならず、家庭や政府でも同じことがいえる。ベトナム人はベトナム人なりのやり方でTam Theを身につけるべきだから、彼は理論と実践を駆使してそれを開発することに心血を注いでいる。奥さんや弟、元の学生も動員してインスティチュートを運営し、彼の信念と手法を広めている。私は、彼とその仲間たちを知日派産業人材としてフォローすることにした。ベトナム社会の変革のためには、政府の政策や日本の支援も大事だが、根本的にはベトナム人自身の努力と工夫の有無が決定的だろう。梅田大使も彼の活動を高く評価し、さまざまな産業協力活動に彼を招いてきた。

ミン氏のインスティチュートは、すでに多くのベトナム人やベトナム企業の変革を手助けしてきた。そのうち、自動車組立大手のチュオンハイ社、質の高い訓練とサービスで日本に技能実習生を送り出すハイフォン社、日系二輪メーカーにプレス・溶接部品を供給するレ・グループ社、日米欧に宝飾品を輸出するジュリー・サンドロウ社については、私自身が実際に見学したり、ミン氏からビフォーとアフターの変化につき詳細に報告を受けている。ここで重要なのは、彼の指導によりこれらの企業のやる気と効率性に目に見える大きな変化が生じていることだ。またそのことを社長や従業員がはっきりと自覚し、義理の言葉や形式的評価ではなく、真に喜び、彼に感謝していることである。こうした全社的レボリューションがベトナムで可能であること、そして日本とベトナムの現場を共に熟知したミン氏がその方法を具体的に指南していることは、実に驚くべきことではないかと思う。

 

彼の著書「ベトナムのリーンマネジメント:成功への道」(ベトナム語)にはマインドセット改革の方法論が明確に書かれているわけではないが、これは企業秘密だから当然である。筆者が何度か質問し、実地検分したところでは、社長からの全権委任のとりつけ、全部署の長との徹底的な討論と説得、全社をあげての標準マニュアルの作成などが含まれるようである。こうしたインテンシブなやり方は、通訳を介して伝えなければならない日本人専門家にはとてもまねできないだろう。

 

ミン氏のグランドデザインは企業に対するコンサルテーションにとどまらない。彼はCEO向け経営セミナー、家庭における整理整頓の指導と家庭訪問による実践、技術領域の指導、私立学校の創設、ものづくり教育に必要な教材の製造、学生が子供にマインドセットを教える家庭教師サービスなどもやっていきたいという。その一部はもう始めている。将来は日越ビジネス文化センターも作りたいとのこと。コンセプトはJICAが支援したベトナム日本人材協力センター(VJCC)に似ているが、民間ベースで実践を徹底的に教えたいという。彼の構想はどんどん広がっていく。だが、おそらく彼とその仲間だけでは時間も資金も足りないだろうから、賛同者・協力者を増やし、インストラクターを育て、また日本の官民も可能な範囲で支援していくことが大切だと思われる。

ミン氏は、自分が開発した手法はベトナムにユニークなものだと考えているようだが、私には世界共通の部分とベトナム固有の部分が混じっていると思う。すべての教授法はそういうものである。私の仕事は、ベトナムのみならず、アジアやアフリカの国々で産業政策を比較研究し、可能ならば先方政府と対話することである。とりわけエチオピアとはこの11年間、首相・閣僚たちと突っ込んだ議論を重ねてきた。エチオピアも経営者や労働者のマインドセットの悪さに悩んでいる。また南アの自動車工場も、工員たちの規律のなさや学びの遅さに困っている。欧米向け高級アパレルの輸出国であるスリランカも、はじめのうちはワーカーの質が悪かったという。カンボジアではお坊さんを動員して社員教育をする日系企業もある。マインドセットはかなり多くの国々が抱える問題なのである。ゆえに、ベトナム以外の国もミン氏の方法論から学ぶことはたくさんあると私は信じている。ただその際には、単なるコピーではなく、自国のさまざまな条件に適した修正を施してから導入する必要がある。私は、あまり遠くない将来にミン氏をアフリカに招待し、先方の経営者や政策担当者と議論してもらいたいと考えている。

大野健一、政策研究大学院大学教授

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